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回り道
もうすぐ8月がやってくる。8月と言えば、各種国家試験の行われる時期であるが、税理士試験も例外ではない。何故こんなに暑い時に実施されるのかは定かでないが、今現在試験に挑戦している私にとっては、一年の計画の集大成の月にあたる。この税理士試験なるものに私はいったいどれぐらい囚われてきたのだろうか?
15年ほど前の8月のある日、初めて税理士試験を受けた日である。目の前にギラギラとした太陽が照り輝き、眩しさに目を細めながら空を見上げる自分の姿が今でも忘れられない。何故そんなに忘れられないかと言えば、今までにないほどの敗北感を覚えることとなった日だったのだ。最初で躓き、「まずい、時間が足りない」と焦り、急に心臓の鼓動が身体中に鳴りだした。冷や汗をかき、手が本当に震えた。その敗退振りがあまりにもショッキングだったのだ。何も出来なかったという無力感で一杯だった。それまでの人生でそこまでの落ち込みを感じたことは無かったかもしれない。仕事と子育てと勉強時間の遣り繰り。自分なりに精一杯頑張っていた。自信が無かったかというとそうでもない。もしかしたらという期待もあったと思う。それでも何も出来なかった・・・。それから10数年、私はその試験から逃げ出した。とにかくこのようなショックをもう受けたくなかったのだ。いやもう私には無理だと判断したのだった。
それからは、とにかく仕事に力を注いだ。そして休日はほとんど子供の為に費やした。勿論友人と遊びに行くこともあったし、読みたい本を読むこともできた。それらは勉強をしていると中々持ちにくい時間、いわゆる幸せな時間を過ごすことができたのだと思う。
ただ、そのような生活の中に一つだけ問題があったのだ。それは毎年8月になると心が痛むのである。それはあの日を思い出してというのではなく、自分が試験から逃げ出したということについて心が痛むのだ。何とも面倒な性格であると思った。
そして子供が高校へ入学後、心残りを全て解消すべく、「これが最後、これで駄目だったらその日で終わりにする。」と決め、再び試験勉強を始めた。
何故そこまで拘ったのか?自分自身に問いただしてみる。ただ越えられなかった壁を越えてみたかったのか、目を背けたくなるものを自分の中に持ち続けていたくなかったからなのか・・・。人生に悔いを残したくない、ただそれだけだったのかもしれない。10年経ってやっとスタートラインに戻るほどの回り道を私はして来たのだと思う。ただ今となってはその間の時間はとても大切な時間であったと確信できる。試験勉強では得られない知識。最後の最後まであきらめない心。目標がある幸福。頑張れる楽しさ、頑張れない苦しさ。劣等感。全ては自分次第ということ。あれからの10数年でこんなに多くのことを学ぶことができた。またあの頃の私にとって優先すべきことは子供のことであると教えられた気がした。そうでなければ自分中心に生きてしまっていたかもしれない。だからこの回り道は神様から与えられたプログラムだったのではないだろうかと今は素直に思える。
時として人生は思い通りに行かない・・・。でも何歳になってもやり直しは利くのだ。再度挑戦を続けられている私にとって、越えられない壁も、目を背けたくなるものも消滅した。自分の心に向き合いながら、焦らず生きようと思う。神様がちゃんと方向を指し示してくださるだろうから・・・。

平成22年7月
第四グループリーダー 山崎由加里

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