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『モノをミルチカラ』
5年前の春、新しいものの好きな私はモデルチェンジしたばかりのハイブリッドカーを買った。ディーラーの営業マンは、しきりに「ナビの後付けは出来ませんので、新車購入のときにつけてください。」と言っていた。当時の私は野生的なカンと地図を読む能力が他人よりも秀でている自信があったため、ナビの装着など考えもしなかった。実際、当時は全く初めての場所であっても、わずかな情報で地図とカンをたよりにたどり着くことができた。しかし、その時の判断は全く間違っていたことにすぐに気がつくこととなる。
この車はガソリンを一度給油すると1000q弱走るという優れものだった。週末は金沢・名古屋・九州などに長距離ドライブを楽しんだ。ある週末、前日までの雨の天気予報がはずれて晴天になった。何も予定が無かったが、どこかに行きたくて仕方がなくなり、四国八十八ヵ所巡りに行くことにした。当時は四国にサーフィンに良く出かけていて八十八ヵ所の札所の看板が何かしら気になっていた。Tシャツ、短パンにビーチサンダルというサーファースタイルでのお遍路が突然始まった。信仰心などは全く無かったが、一応、作法に基づいて札所を順番に訪ねた。札所はわかりづらい場所にあることが多かった。納経を終え次の札所への道順を確認しようと地図を見たとき、異変に気づいた。地図の文字が小さくて見えない。腕を思いっきり伸ばしてみると、少しは見えるようになった。遠視が始まったのだ。遠視の進行は想像以上の速さで進み、八十八番札所に到着する頃には地図はまったく意味の無いものになってしまった。肉体の衰えを痛感する出来事だった。後付けできないカーナビを付けなかったことを何度も悔やんだ。その後、「車のインテリアにまったく似合わないハンディタイプのカーナビ」と「近くの文字が良く見える老眼鏡」の購入という屈辱的な買い物によって「モノをミルチカラ」を取り戻すこととなる。
八十八カ所巡りを始めた夏、SAVVYという関西の雑誌が100ページ近くの紙面を割いて「四国八十八カ所まわってみました」という特集を組んだ。この本は若い女性をターゲットとして、それまでのガイド本とは全く違う観点から編集されていた。記事の内容もお遍路さんをゲーム感覚でとらえていて、1000枚を超える写真は旅心を刺激するには充分なものだった。今まで札所の門の前で記念写真を撮ることしかしていなかった自分にとっては、この本に掲載されている写真がこの札所のどこで撮影されたものかもわからなかった。プロのカメラマンのモノをミル観点のすごさに驚愕した。新しい札所に着くと、本に掲載された写真のアングルを探してまわることが楽しみになった。瓦・天井・池の鯉・寺の境内の不思議なオブジェ・多様な案内看板・四国ならではの町の風景等、プロの目で見なければ美しさに気付かず見逃してしまうものがたくさんあることを知った。同じものであっても見る角度によってまったく違うものに見えることも知った。それ以降の旅は、この本のおかげでモノをミル観点が変わり、今までの数倍楽しいものになった。旅だけではなく、人生のいろいろな場面で、いろいろな観点から「モノをミルチカラ」を養っていきたいと思う。
平成21年10月
前田洋一
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