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『萩』
剣先イカの季節がもうすぐ終わるよ。という噂を聞き、萩を訪ねることにした。取れたての透明なイカを食してやろうと仙崎港にむかう。港の料理屋さんの前は多くの観光客ですごい行列になっていた。行列に並ぶことは夫婦ともに得意ではないが、今回は食い意地が勝り、長い行列の最後尾に並ぶことにした。数分後、店員が玄関の扉に張り紙をしている。
「本日の活イカは終了しました。」
しかたない。明日お昼にもう一度来よう。
萩を訪れるのは2度目だ。24年前に、入社後初めての社員旅行で訪ねたことがある。国道沿いには、全国どこにでもあるチェーン店が点在しているが、街の中を歩くと24年前に見た風景となんら変わりない景色が続いている。この街は進化を止めたのだろうか。ものすごく大きなエネルギーがこの地域に集結して、明治維新という大改革を起こした。大きな役割を終えて、次の出番までゆっくりと休息しているのかもしれない。街も生きている。常にトップスピードでは走れない。これも自然の摂理かなと想う。
翌朝、夜明けとともに毛利家の菩提寺である大照院を訪ねる。昨夜から続いている風は若干残っていたが、夜半から降り続いた雨はすっかりあがり晴れ間も覗いている。境内は落ち葉が散乱していて寺自体が荒廃しているように感じた。細い本堂横の道を抜け毛利家の墓前に立った。インディジョーンズの一場面を見ているかのような、おびただしい数の石灯篭と大きな墓石塔に圧倒される。目に入るのは「苔」「石」「竹林」。耳に入るのは「木の葉が触れ合う音」「鳥の鳴き声」「小川のせせらぎ」。静寂。空気が澄み渡っている。大きな深呼吸を何度も何度もしてみる。体中にエネルギーが充填されていく。いつのころからか「癒し」という言葉が頻繁に使われるようになり、大辞林にも載っていないこの言葉の意味を理解できていなかったが、こういうことなのだろうと感じた。
「癒し」も良いが、食欲はもっと大切。売り切れる前にイカを食さねば。一番乗りで開店前の料理屋さんに並ぶ。しばらくすると、店員が玄関の扉に張り紙を始めた。
「昨夜の暴風雨のため、イカ釣り舟が出航できず、本日は活イカの入荷はございません。」
一瞬、意識を失いかけたが、気を取り直し、かまぼこを齧りながら萩の街をあとにした。また近いうちにリベンジしよう。

平成20年6月 前田洋一 |

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