天神山のゆるやかな坂道(今、県立美術館が建っているあたり)を失業者の長い行列が進む。全員黒っぽい服装で無言である――。そんな情景が私の頭に浮かんだのは20年も昔、日本がいまだ経済繁栄の絶頂期の頃であった。それからも時折、その情景が目に浮かぶ。いつかそんな時代が必ず来ると、私は心を引き締めた。日本は繁栄と平和を謳歌していて、砲弾が飛び向うわけでもなく死者が道端に転がっている訳でもない。飢饉で餓死する者や疫病で誰の手当も受けられない人々が街角に群がっている訳ではない。
眼前には平安な眺めが広がっている。うわべは取り繕われている。しかし私には、その背後に今までとは少し別種の「地獄絵」が見える。それは決しておどろおどろしくもなく、喧騒悪臭に満ちているわけでもない。
生きる意味も方法も見つけられない無明にいる多くの若者達、仕事に苦しむ人たち、仕事は高度な技量が要求されて凡庸ではつとまらない。対極には極めて低賃金な単純労働がある。仕事のない人が公表350万人、実際にはその倍の人たちが仕事を求めていることだろう。今仕事はあるが、仕事を失う不安にさらされている多くの人々。そして何の準備もなく、老いを生きることになった老人達。
崩壊する家庭、地域社会、そしてコミュニティーとして最後の砦であった職場さえ揺らいでいる。挙げればきりがないくらいに社会の基盤に亀裂が走っている。
そんな抽象的なことだけでなく、一人一人の実生活を仔細に見れば、目を覆いたくなる悲惨さに満ちている。私の半生を振り返っても、仕事を通して見た眺めは慙愧に堪えないけれど、死屍累々としかいいようがない。
いつの時代にも悲しみはあった。例えばひとつ前の時代、昭和にも悲しみはいくらでもあった。前半の戦乱、後半の復興、それぞれに悲しみは人の影のように、いつも側にあったけれど、それは人生の一部として正しい位置を占めて、人々はその悲しみをいやす術を身に付けていて、悲しみを癒すことができた。美空ひばりの唄が多くの悲しみをすくい取っていたことが今はよく理解できる。
平成の悲しみは何かが違う。その違いが何であるのか今はわからない。苦しみは人生の塩であるという。一時代前まで、人々に苦しみはあったけれど、そのことが人生に意味を与え、その人を磨いた。
現代の日本ほど自由で、平和で、豊かな時代はいまだかつてなかった。それなのに、なぜか息苦しく落ち着かない。それは今の平安が虚構であるから、そしてそのことに皆が気付いているからである。
私達は嘘でかためられた時代を生きた経験がない。解けない緊張、振り払えない不安、そんな平成の苦難は人々にいづれ成熟をもたらし、いつの日か大いなる開放をもたらすことがあるのだろうか。
奥山ユ |